星野裕矢

星野裕矢(ほしのゆうや)

活動開始:2012.8~
ジャンル
代表曲
出身地:新潟県
活動地域:札幌市
主なライブ場所
活動頻度:週に5回ほど
オリジナル曲数:20曲
曲作り:詩を大切にしている
公式サイト
音楽を始めたきっかけ
仲のいいアーティスト
影響を受けたアーティスト:井上陽水、玉置浩二
趣味
ディスコグラフィー
音楽を通して伝えたいこと:北海道だからやれることがあると思っていいます。東京には負けたくないし、北海道で勝負していきたいです。 僕は北海道に助けられましたし、北海道の芯を作っていかなくちゃならないって感じています。 CDも売れない時代ですので、本物だけが残っていくと思っています。

 

段ボール10箱とギターを持って北海道に来ました。


―ご出身は新潟ですよね。どうして北海道にいらっしゃんですか?

星野:まず大学生のときに岩手県の大学に行っていたんですけど、卒業後に東京の下北沢に住みました。その2~3年後に北海道に来たんです。
それで北海道に来た理由なんですけど、バンドの安全地帯さんと関係があるんです。ギターの方で、武沢さんという方と矢萩さんという方がいらっしゃいまして、そのお二人に熱意をみせたかったんです。それで、そのお二人が生まれ育った北海道に行きますと伝えて、その1週間後に段ボール10箱とギターを持って北海道に来ました。東京から北海道に来る方ってあまりいないと思うので、面白いなと思って(笑)

2012年の8月のことです。

―引っ越してきて最初は事務所とかに所属されたんですか?

星野:所属してました。ですが、2年くらい前にそこを抜けまして、流しを始めたんです。そこから色んなお客様を獲得していくようになりました。今はどこでも歌うというスタンスでやっています。今は、マネージャーの方も2人ついていただいて、レコーディングとかは東京でやっています。今は飛行機代も安いので、東京に住むより、ライブやレコーディングがあるときに東京に行く方が、コストパフォーマンスがいいんです(笑)

札幌で曲をつくって、東京でレコーディングするような日々です。

 

「歌以外の仕事は絶対にしない」って決めているんです。


―歌以外のお仕事はされてるんですか?

星野:僕は歌以外の仕事は絶対にしないって決めているんです。
どんなに貧乏でも音楽以外は絶対しないんです。いい曲をつくって、「いい歌を歌えば必ずお金になる」という自分の中での考えがあって、日中は曲をつくって、夜歌う毎日です。仕事は好きなので、銀だことかで働いてみたいという気持ちはあるんですけど(笑)

―北海道で壁にぶつかる場面もあったと思うんですけど、東京に戻ろうと思ったことはなかったですか?

星野:意地ですね。僕は日本の北端でやっているという感覚で。札幌は温泉があるし、海があるし、山があるし、歓楽街があるし…音楽作りに最適だなって思っています。グラミー賞を狙っているんですけど、最近は外国人も来ているので世界に発信する意味でもいいなと思っています。

―東京と札幌とで、できる曲は違ってきますか?

星野:違いますね。東京にいるときに一番怖いなと思ったのは、静寂や暗闇がないことなんです。
どこに行っても暗闇がなくて。ということはイマジネーションができないということなんです。イマジネーションをどう増やしていくかということに徹していた時期があったんです。そのために、家から一切の電化製品を排除しました(笑)

洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、テレビを無くしました。そうすると暇で暇で(笑)ギター弾くしかないんですよ。

―面白いエピソードをお持ちですね(笑)

星野:面白くしようと思って生きてますから(笑)冷蔵庫もないし、お金もなかったんで、ゴマとか食べてたときもありました(笑)それでも音楽を辞めようと思ったことはないです。

 

太宰治さんや中原中也さんの本も読みまくりました。


―シンガーソングライターになろうと思ったきっかけはなんですか?

星野:きっかけはないですね。
子どもの頃、父がカセットテープをかけていたんですけど、それが昔の曲だったんです。でも自分にとっては、それがその時の歌で。安全地帯さんとか井上陽水さんとか、そういう方の歌を聴いていた影響もあって、詞にすごくこだわります。

―なるほど。詞にこだわるためには、教養など必要な要素ってあるのかなと思うんですけど、そのために取り組まれていることはありますか?

星野:中島らもさんという作家さんが、「教養とは時間をつぶせる能力だ」って言ってたんです。
僕も教養つけるために、太宰治さんや中原中也さんの本も読みまくりました。やっぱり素敵です、言葉が。今はメールで簡単に想いを伝えられますけど、昔は文通だったりした訳で、便利さが増えることって音楽にとっては不便な面もあると思っています。だから、今都度スタジオに行くのも、スタジオに行く過程にドラマがあるんです。毎日天気も違えば、景色も違う。スタジオに行くまでの気分で曲を作るので、そういうのを大切にしています。いつまでも残っている歌って、やっぱり詞がいいですよね。そのような音楽を作っていきたいです。

―オリジナル曲はどれくらいあるんですか?

星野:数え切れないくらいありますけど、ライブとかで歌っているのは20曲くらいですかね。次のアルバムは6曲入りなんですけど、6月目処で進めています。

―東京ではレコーディング以外にやられていることはありますか??

星野:今は、萩本欽一さんのabemaTVの番組のエンディングテーマソングなどもやらせて頂いて、番組にも呼んでもらっています。そこで、しゃべりを鍛えて頂いています。

 

歌は、「感情」じゃなくて「意思」で作るものだと思います。


―そのような活動もされてるんですね。今は、どのような曲を作られてるんですか?

星野:AORってご存知ですか?アダルト・オリエンテッド・ロックの略なんですけど。昔ボズスキャッグスという方がいて、AORが始まった最初に登場した人です。日本でいうと、山下達郎さんもそうかなって思います。僕はJapaneseのAORということで、J-AORというのを開拓したいと思っています。

―ライブは週5回くらいされているんですね。

星野:流しも入れますと、それくらいやってますね。そのあとお客様に飲みに連れてってもらったりして、朝6時まで飲むこともよくあります。

―そんなに飲んで喉痛めないですか??

星野:あまり気にしたことないです。僕自身、喉を気にして歌わないような方の歌は聴きたくないので。夜の街にはストーリーがありますから、家に引きこもっても歌は作れないって思います。

―曲作りで意識されていることはありますか?

星野:歌は、感情じゃなくて意思で作らないといけないと思うんです。感情ってすごく流動的じゃないですか。その時はよくても次の日歌いたくなくなってしまいますよね。僕は意思で作っています。残っている歌って意思で作られている歌が多いと思うんです。今回のアルバムは自由に作っています。1番と3番でサビが違ったりとか。そのような実験もしながらやってます。

―将来的な目標はなんですか?

星野:グラミー賞ですね。

―武道館よりグラミー賞なんですね。

星野:ブドウ園ではやったことありますけどね(笑)

―最後にこの記事を読んでいただく方に向けてメッセージをお願いします。

星野:北海道だからやれることがあると思っていて、東京にも負けたくないし、北海道から勝負していきたいです。僕自身北海道に助けられましたし、北海道の芯を作っていかなくちゃならないって感じています。

CDも売れない時代ですので、本物だけが残っていくと思っています。残っていく音楽を目指して、日々頑張っていきます。

Date: 2017/2/28
Interviewer: Taku
Photo: Hat
Place: Sapporo Factory